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北海道の人間が富士山をありがたがることといったらもう尋常じゃない! 上へ下への大騒ぎですよ! と言ったのはタカ&トシだったか。 100%、そのとおりです。 北海道にも、蝦夷富士、利尻富士、阿寒富士といったミニチュアはあり、どれもコニーデの均整取れた姿で、美しい。拝めればそれなりの有難さは感じる。 でも!本家の富士山はこの比じゃねーんだよな絶対…という感情も伴う。必ず。 多くの道産子が初めて本家を拝むのは、高校の修学旅行。それまでは、写真やテレビの中だけの存在だ。 私が、西へのライブ遠征のたびに新幹線車中からの富士山を撮らせていただくのも、そんな思いの延長線上にある。 まごうかたなき日本人の心のふるさとであり、精神的支柱とさえ言っても過言ではない、別格の山。それが、Mt.FUJI. そこに「MAKI」をつける。 見ようによっては大胆不適。 富士のお山と、自分の苗字をひっかけちゃうなんて。 いみじくもフェス本番で、野口健氏が言った。 「すごいよ亮さんは。もう山になっちゃった。絶対勝てない(笑)」 もし、藤巻亮太ではない「藤ナントカ」さんが、自分のイベントにそのテの名前をつけたりすれば、私なら「お前それナニ?富士山と一体化しちゃうわけ?ちょっと図々しくね?」と思っただろう。 でも、富士に抱かれた山梨育ちの彼が、山梨という地域をマキ込んで、山梨の魅力を伝えたい想いを込めて主催するフェスなのだ。 もとより私は、彼の初主催フェスのネーミングが何だろうと「図々しい」なんて感情を抱くはずもない。 むしろ、ゴッチさんが「マウントフジマキって…なんか…ぽいよねww」とMCでツボってた感じに近い(笑)。 Mt.FUJIMAKIへの道と題して始めたものの予想通りグダグダ化したシリーズ記事にも書いたように、この夏の私は、全くもって音楽とは無縁だった。 行きたいライブやフェスは目白押しで、特に瓢湖あたりはかなり真剣に検討したのだが、参戦叶わず。唯一参戦を決めていたプレイベントの渋谷も、台風直撃によるJR運休のあおりで断念。 熱量が高くフットワークも軽いファンの方々は、夏の間に何度も彼に触れて、Mt.FUJIMAKI本番も前夜祭から参加された。 それに比べれば、私の藤巻濃度は低い。 それでも、日本全国から聖地山梨に集結する一人として、この日だけを楽しみに、激化する仕事環境を乗り越え(?)てきた。 いや、毎日普通に仕事に通えていたのだからまだいい。参戦者の中には、今年頻発した災害の被災者になり、一時は仕事どころじゃなかった方もいらっしゃるかもしれない。 つらいこと、イヤなこと、苦しいこと。 今の彼はそんなマイナスのベクトルの反対側にいる。 彼の音楽と、人間性に、ずっと助けられてきた。 10月7日は、私の7年間の集大成でもある。 三連休中日の、朝8:50。 バスタ新宿。 なかなかの混沌。かつての上野駅が思い浮かぶ。 2016年4月に開業して2年半。これまで使う機会はなかった。 バスの発着ブースは数多いけれど、場所が場所だけにスペース十分とはいえない。 それでも、おびただしい数の出発便が、吐き出されるように次々と発車してゆく。 地方のフェスでは、これまでも新幹線やJR在来線を降りた先からはバスのお世話になった。 しかし今回は、首都圏からすでにバス。このパターンは、まさに6年前の山中湖以来になる。 そして大渋滞…それも首都高に乗ってすぐ。 検見川の自宅を出て総武緩行線に乗った7:30頃の段階で、中央道の府中で事故発生という情報はつかんでいたものの、8:55新宿発のバスならある程度解消してるかなという甘っちょろい見通しを立てていた。それがさっそく打ち砕かれる。 ♪中央フリーウェイ 右に見える競馬場〜 出発1時間半後に現れた。 ったくどこがフリーウェイ… 未だ都下、府中市域です…。 八王子あたりからは多少流れはじめたが、相模湖、小仏トンネルまで断続的な渋滞。 高速道路らしいスピードになったのは上野原の手前で、そこからは早かった。 しかし、すでに1時間半遅れ。 定時の到着予定時刻は12時ちょい前で、終点から山中湖交流プラザまでは15分ほど歩かなければならないから、予定通り行けてたとしても会場に入れるのは12時過ぎだった。 それが1時間半遅れということは、開演13時にももう間に合わない。 高速を下りたバスは、シートエリアにシート敷いたよ!と仲間から入るLINEを見つめる私を嘲笑うかのように、富士急ハイランド、河口湖駅、富士山駅をぐるぐる回るほっそい下道をのんびり走った。 13:05。 山中湖畔のぶがくそう?というバス停の手前で、運転手さんから「この先も混んでるから、きららまで行く人はここで降りたほうがいい」というアナウンス。 開場が遅れたという情報はLINEで入手していたが、開演まで遅れるのかどうかはわからない。ここから軽く15分以上はかかると思われるから、それなり楽しみにしていた山中湖中学ジャズバンドの演奏は聴けそうもない。 でもせめてアーティストが歌いはじめるまでには何とか…。 走りました。 50オヤジが。 もちろんすぐに息が切れて、RUNはムリ。 精一杯の速歩で会場を目指す。 6年前に見覚えのある駐車場と、きららまで続く細道が見えた。 ん? ♪こなぁぁぁぁゆきぃぃぃぃ !! まぎれもなく藤巻亮太の声。 おいおいソレから始めたか。 来てくれたファン、特に藤巻ファン以外の方への感謝の意味もあるんだろうけど、観させてくれよマウント粉雪…。 とりあえずレポとしては 1)粉雪 です。 歌ってるとこ全然見れてないけど、聞こえたし。 会場外で聴いていたことと、アコギ1本の弾き語り(あとから得た情報)だったこともあって、マイクに乗る歌声はよくわかるけど演奏があんまり聞こえない状況。 それだと、歌唱の良し悪しがハッキリわかってしまう。 遠くにいる私の耳に入ったのは、アカペラでもイケんじゃん!てぐらいの粉雪。 アジカンファン、フジファブファン、トライセラファンその他もろもろ、みなさんとてもお喜びだったようです。 粉雪が完全に終わり、むっちゃ焦りながらの会場入り。 まずは、エリアを埋め尽くした参戦者の数に驚く。 こんなに来てくれたんだ! 十二分に格好がついてる 動員じゃないか。 安堵する間もなく、ステージには和田唱さん。まずはLINEで仲間を探すよりも先に、スタンディングエリアに取り付く。 参加への感謝の言葉をかける藤巻さんと、それに応える和田さんを見て、本当にイイ関係だなこの二人は、と思った。 2)Raspberry 藤巻さんがアマチュア時代にコピってた曲。 コラボでこの曲を演奏するのは過去に何度かあったから、表情も演奏自体も落ち着いている。 緊張しぃの彼が、和田さんをトップバッターにもってきたのは正解だったと思う。 それは、やはりかつてコラボ演奏経験のある次の曲にも言えた。 3)雨上がり 藤巻さんの曲だから、演奏や歌唱そのものに今さら緊張はしないはずなんだけど、会場の盛況ぶりを見て、まずかなりウルっとくるぐらいの状態になっていたのは間違いない。 和田さんのことだから、そこも彼の表情や話しっぷりだけでわかっただろう。 代々木では、企画側のたっての希望でセトリ2番目に入った、レミオロメンの鉄板盛り上がり曲。 私としては、以前にゴッチさんが雨上がりにショックを受けたと語っていたことから、アジカンと絡めてほしいと思わないでもなかったが(実際、後で登場したゴッチさん、そのことを喋った)、和田さんの陽性なステージングにももちろん似合っていた。 おかげで藤巻さんも、いったんここで緊張はほぐれた模様。 W:今度、ソロやります! F:ああそうなんだ和田くん(非常にわざとらしく) W:何にもわからないんで教えてください藤巻先輩! どうですかソロは? F:迷走してます(即答) W:迷走…(苦笑) 4)1975 5)HOME コラボはここまでで、新曲のHOMEは和田さん一人。トライセラでも披露したことがなく、このマウントフジマキが本邦初公開だそうです。しかもピアノ弾き語り。 「うわむっちゃ緊張する!」と言いながら、穏やかで慎重な弾きっぷりのピアノにのせて、甘い歌声を聴かせてくれた。 開場から開演までの間に食糧調達をもくろんでいた私だが、中央道大渋滞によってそんな時間はキレイになくなり、とはいえ朝から何も食べていない。 雨上がりのあと、超大混雑のフードエリアで、いつ売場まで到達するとも知れぬ長い列に並んだ。なので4と5は、ステージから遠いところで聴いていた。 その間に息子(擬似)とLINEで連絡を取り合うと、彼はすでに30分以上並び続けていて、売場まで残り10人程度だとか。そこで私は列を離脱し、2015年の神戸以来、およそ3年ぶりの再会を果たした。 ビールが切れたらしいとの情報に一度は絶望したが、もうサワーでも何でもいいからと擬似家族分の購入を依頼し、私は列が比較的短い屋台でフランクフルトとホルモン炒めを調達。 それからまた苦労して探しあてたお母さん(擬似)と合流して、シートに腰を下ろした。ビールは息子が魔法のように復活させて、しっかり確保されている。頼れるヤツだ。 実は、その間に要した時間で、浜崎さんの出番が終わってしまっている。 とにかく行列の進みが極めてノロく、私が並んだ比較的行列の短い店でも12〜13人はいてけっこうな時間がかかったため、浜崎さんはすべて遠くからしか観れていない。 6)ボーイミーツガール 7)風の吹き抜ける場所へ 8)南風 9)幸せであるように by浜ちゃんカンフージェネレーション 買い出しやらLINEやらシート探しやらイロイロとやりながらではあったけれど、歌や藤巻さんとのやりとりはもちろん聞いていた。 ひょっとしてひょっとしたら前田啓介登場?なんてのもありえなくはないかな…とも。前田さんにとってプロのステージミュージシャンとしての入口が浜崎さんだったわけだし。 だが、MCでも前田さんのことには触れなかった(と思う)。 このマウントフジマキへ向けた動きは、完全に「ソロアーティスト藤巻亮太と仲間たち」的な流れであり、そんな環境が整ってきたからこそのフェス主催決断でもあった。 まだイベントの全容が見えない頃は、フェスの主催なんてホントに大丈夫なの?いざとなったらレミオ復活で起死回生か?なんてことも思ったけれど、予想を超えたラインナップで参加アーティストが確定し、着々と準備が進んでゆく中で、「レミオロメン」は私のアタマから消えていった。 もちろんレミオロメンは、音楽観的にも人生経験的にも彼の中で非常に大きなものである。いま現在も。 ただ、彼が今の仲間たちと汗水流して準備を進めてきたマウントフジマキ本番にレミオメンバーが、となると、それは確かにちょっと違うと思う。 ちなみに、浜崎さんの南風、なんとも言えぬ味わい(笑)。 ソロの参加者4人いる中でなぜ 全部「た〜うわうわ〜」だったし(笑)。 3番目の同志は、フジファブ山内さん。 10)Water Lily Flower 11)電光石火 ここまでは、スタンディングエリア後方のシートエリアでビール&つまみを食しつつの観賞。 とはいっても、座り込んでいるとアーティストの顔がほとんど見えず、人の頭と頭の間からたまに伺える程度だった。 12)電話 13)手紙 なので、思わず立ち上がりますよね。電話。 再びスタンディングエリアのケツに取り付く。 渋谷でもやった電話を、今日は親友の総ちゃんとのコラボ。 2番以降、Cメロまで山内さんが歌う。 キーを下げていたのかどうか非絶対音感の私にわからないけど、しっかり上手に歌いこなしてます。ってか、この日のアーティストで藤巻さん以外が電話を歌うとすれば、この人が間違いなく一番似合うね。 私、実は、以前に山内さん…というかフジファブリックを見ている。 藤巻亮太ソロデビュー後の初の夏フェス。遠く福岡は海の中道海浜公園で行われた2012ハイアーグラウンド。 メインステージとサブステージが隣り合っており、けっこうあからさまに規模が違っていた。見た目で明らかにサブステージ勢が二軍。 ライブはメインとサブ交互に行われて、一軍のフジファブのあとが、二軍の藤巻亮太。 正直「ケッ!」でしたね。なんでフジファブより下なんだ! もちろんフジファブは何も悪くない。怒りのホコ先は主催者へ向かう。 そりゃソロじゃまだ実績ないから、サブステージ組に回ったことは百歩譲って許すとしても、バンド時代の知名度は明らかにレミオロメンが上。なのに、デビュー時期も近い同郷バンドとこうもハッキリ差をつけるか?しかもハイグラはレミオがメジャーデビュー初期から関わっているフェスなのに。せめて出番をもっと離すとか配慮しないかフツー?レミオロメンが売れるとハイグラには出なくなったから、その意趣返しか?ケツの穴の小さい主催者だ!と。 で、その時、一軍のフジファブがけっこう押して、時間をオーバーした。スタートは定刻だったのに。 おいおいプロだろ?みんなに迷惑かけんなよ。ってな目で、ステージ中央の山内さんを見てましたね…。 でも、今は親友。亮ちゃん総ちゃんと呼び合い、何回もコラボしてて、マウントフジマキ参加も二つ返事(たぶん)。 って別に昔だって2人の仲が悪かったわけではなく、単に私がイジけていただけなのだが(笑)。 ホントは若者のすべてとか聴きたかったけれど、バンドライブならともかく、フェスで、しかもソロでの参加で志村さんの曲はやらないよねやっぱ…。 山中湖の程近く、富士吉田出身の志村さん。 この日の参戦者の多くも、バス、電車、自家用車で富士吉田市内を通ってきたはず。 レミオやアジカンのファンとフジファブのファンはけっこう重なるところもあるから、富士吉田で志村さんに合掌した方もおそらくいたでしょう。 そして、リーダー急逝のショックを乗り越え、おそらくはさまざまな逆風もありながらも、フジファブリックというバンドを存続させて、志村さんの歌も歌い継いだ山内さん。 ハナレフジでも忙しい中、駆けつけてくれたフットサル仲間に感謝ですね。 トークバトル)野口健×藤巻亮太 そんなネーミングのコーナーではなかったけど(笑)、とにかく初めてナマで見ます。野口健さん。 シートエリアに戻り、別の場所にいた仲間も加わって、私らもトークタイム。 なので、ステージ上で繰り広げられる会話をそんなに聞いてはいなかったが、まあいつもの山の話。 アフリカかどっかで、機関銃で武装した兵隊に護衛されながら山に登り、話しかけたり写真撮ったりしたらすげぇ怒られて怖かったけどギターを出して藤巻さんが一曲歌ったらそのあとみんな喜んでギター弾いて歌って、やっぱ音楽の力って凄い、と。 ただそのことを、今までは藤巻さんの口からしか聞いたことがなかったが、野口さんから聞くとまたテイストが違う。 やっぱこの人シャベリは面白いんだなぁと、その程度は頭に入りながらのトークタイムだった。 野口健さんとのトーク終わりで、このあとは少し休憩タイムです的なことを藤巻さんが話す。 実質的に休憩に近い(失礼)トークタイム後に、さらに休憩?と思ったが、渋滞で到着が遅れたアジカンの機材がステージ横でトラックから下ろされていたのはトークタイム始まり頃のこと。さらに宮沢和史さんも甲府での別イベが押して遅れているらしく、間違いなくそのへんの都合だ。 しかし、5分経つか経たないかのうちに、藤巻さんが再び壇上に登場。 今回の参加アーティストの中で、 唯一、バンド単位で出てくれます。 昔から知ってる人たちです。 もう、曲が良すぎてジェラジェラでした(笑) アジアン・カンフー・ジェネレーション!! 要約するとそんな内容での紹介。 ジェラジェラなんて用法を初めて聞いた(笑) 14)ソラニン 15)Re:Re: 16)リライト 17)ボーイズ&ガールズ 18)今を生きて 森を抜けて山を越えて、シートエリアからスタンディングエリアへ。 実際はほんの数メートルの移動ですが。 パッと見、アジカンファンそれなりにいる。タオルやTシャツではっきりわかる人以外にも、それらしき人多数。そもそも男性比率を見るだけで、藤巻ファンばかりじゃないことは明らかだ。 メジャーなフェスに比べれば小規模だけど、旧友藤巻亮太のイベで、唯一のバンドアクト。 逆の立場なら、私もそのフェスに行っただろう。 藤巻さんはここでやっと、まとまった休憩が取れる。 各アクトで1曲ずつ弾き語りがあり、その間は引っ込むことができたが、それ以外はトークも含めて出ずっぱりだった。ここまでの予期せぬ休憩も5分足らずで終わったし、進行が押していて休憩どころではなかっだろう。 ちなみに私、アジカンのフェス向けセトリがどんなものなのか全然わかってはいなかったが、この日の曲はおおむね知っていたか聴き覚えぐらいはあった。中でもリライトとRe:Re:は、下北沢でレミオとガシガシやってた頃の面影が色濃い曲である。 まあ、藤巻さんも雨上がりとか3月9日とか普通にやるし、リライトも調べれば今も定番らしいから、それほど「あの頃」を意識したわけではないかもしれない。 ただ、藤巻さんには厳しい言い方になるけれど、アジカンは藤巻さんほど昔の曲の頻度が高いわけではない。おそらく。 5曲中2曲が14年前の曲というのは、やっぱレミオロメン藤巻亮太に向けてという要素が含まれていたのだと思う。 実際、MCの内容も、前述の、雨上がりを初めて聴いたときの衝撃の件。楽屋で聞こえてきてビックリした!こんなヤツにかなうわけない!と自信喪失したというね。 それと 「マウントフジマキってネーミング、なんかすごい…ぽいよねww」 確かに、センス的にギリギリだとは思う。 しかも藤巻さんの場合、ヒネって一周回った挙句に、ではなく、ストレートにそこに着地したっぽい。 もちろん、後藤さんのMCは決してバカにしたようなニュアンスではなく、そんな藤巻くんが好き♡的なヤツね。 さらにゴッチさん、重要発言。 「もう見ることができないと思ってた友達のエルレガーデンが、ことし復活した。レミオロメンも絶対見たい!」 藤巻さんへの説得力は、ファン1万人が言うよりも大きいですよねきっと。 ともあれ、浜崎さんが浜ちゃんカンフージェネレーションをやる羽目にならずに済んで何よりだったが、万が一の保険(笑)の対象はもうおひと方いた。 こちらは、やはり浜崎さんが「宮崎和史」をやることになっていた。 最後のアクト、宮沢和史さん。 間に合ってよかった。 19)星のラブレター これ、宮沢さん(ってかBOOM)の曲だったんだ! 好きでしたよ。 CDよりはかなりコブシを入れてる感じで、若干イメージ違ったけど(笑)。 20)中央線 21)世界で一番美しい島 宮沢さんも、山梨の人。 ふるさとへの想いを語りながらの2曲でした。 中央線乗ってきてれば、粉雪ちゃんと聴けた…。 22)島唄 これ、反則。 もう、全部持ってっちゃいました。 凄い!!の一言。 参加アーティストが決定したときのブログ記事でも書いたように、今回のフェスで一番といってもいいほどに期待していたのが、この曲。 その期待を、さらに上回ってくるなんて。 やっぱ不朽の名曲だなぁ。 これまでのすべての演目の中で、粉雪と、この曲ですよね。数多くの日本人の心に深く刻まれている歌は。 ステージ越しの雲間から射し込む光と、エイサー隊の舞踊、そして宮沢和史の魂こもった歌声がつくり出す異世界は、山梨だけど沖縄でした。 4人+1組のアクトがこれで終了。 すでに終演予定時刻が近づいており、最後を締めるのがもちろん藤巻亮太であろうことは誰もが思っていたけれど、他のアーティスト同様、まあ4〜5曲?というのがこの時点での私の予想。 そんなハズはありませんでした。 だって、主役だもんね。 23)日日是好日 時間が押していようが何だろうが、今日は藤巻亮太の晴れ舞台。 これまでのアーティストの演奏を一旦リセットしたかのように、けっこうフツーに始まった。 島唄は確かに衝撃で、あとに藤巻亮太が控えていなければ、フェスとして最高の終わり方だったかもしれない。 でも、我らにとって、藤巻亮太の歌に優る喜びはないのだ。 ソロアーティストとして、地に足をつけた歩みを始められたのは、この曲からだった。 今日はいい日だ。 24)太陽の下 そういえばこれまで、藤巻バンドに全く触れてなかったですね。 左から、ピアノ、ベース、ドラム、キーボード(ほぼマニピュレーター)、ギター、弦楽カルテットという配置。 ピアノの桑原さん、いいアレンジです。 コバタケオリジナルを微妙に、いやかなり崩してるけど、自分の色を出してやる!という気負いやイヤらしさは微塵も感じさせず、心地よさだけが残る。それでいてフックもある。 才能あるんだねやっぱ。 藤巻さん、さすがに疲れもあるのか、ここ1〜2年で覚醒したような無双の太陽の下ではなかったけれど、なんか優しさがスゴい。緩急の付け方が絶妙で、ピッチも安定。 夕暮れ時の山中湖を、たおやかに彩ってくれました。 25)マスターキー けっこう演ってくれてるこの曲だけど、私はポールスターツアー以来。 ビルボードのときも、二部では歌ってくれたが、私が観ることのできた一部では演奏されず。 この夏、弾き語りか3ピースか4ピースかを問わずライブの定番化している情報に触れて、地団駄踏んでました。 でも、ポールスターツアーでは、確かにこれも良かったけどほかにもスゴいのがいっぱいあった。Blue Jet、優しい星、愛を、another story…。 むっちゃくちゃレベルの高いアルバムだったことを、あらためて思い知らされますね。 藤巻亮太を愛してやまぬ人々が日本全国から集結したMt.FUJIMAKI。 彼のソロでの歩みと心の動きが色濃く投影されたマスターキーには、参加したすべての人を揺さぶる何かが、確かにありました。 26)もっと遠くへ これはけっこうビックリ。 でもすぐに、何かの番組で、いちばん好きな曲だと言っていたことを思い出した。レミオロメン時代の話。 それに、ソロではやらなくなったけどレミオではapで必ず歌ってたんですよね。ものすごいパフォーマンスで。 フェスの最初から通してみると、粉雪、雨上がり、南風、電話、太陽の下、もっと遠くへ、と、レミオ曲は有名どころをぶつけてきている。 このラインナップを見れば、こと一般向けという視点においては本日のアーティストの中でも随一のヒットメーカーだったことがよくわかりますね。電話はどっちかってば一般向けよりも恐るべき才能方面に振れてるけど。 この日集まってくれたアーティスト仲間たちは、彼の大元にある才能をおそらくみんな認めている。 さらに彼は、そこからよりターゲットを広げたヒットもつくる力がある。 でも、彼がやりたかったのはこんなことなのか?俺が畏怖した才能をこんな形で浪費しちゃってるのか?という感情もある。いや、あった。 だから、だからこそ、怖いのかもしれない。 じゃなくて(笑) だからこそ、ソロで自分をさらけ出し、結果として迷宮に入り込んだ彼を心配したし、共感もした。迷宮から抜け出したことを喜んでもくれた。 本当に、すばらしい仲間たちだよね。 まあ、才能だけだと、同業者としてはむしろライバルは少ないほうがいいわけだから、実際のところはやっぱ人柄でしょうね。ほっとけない、つい助けたくなる、的な。 ところでレミオのヒット曲といえば、この日まだ出てないのは茜空、Sakura、それに、ラストでやるに違いないあの曲…。 27)ゆらせ 28)花になれたら ここ数年の盛り上げ定番セトリ。 本当に熱いファンの方は、ヴァンフォーレ甲府の試合にまで足を運んだりしてるんですよね。 Mt.FUJIMAKIタオルを手にしている私は、もちろんグルングルン回す。 標高1000メートルの10月だというのに30℃を超えたこの日にみんなでタオル振り回すと、汗臭さが広がった(笑)。 花になれたらはイントロの打ち込みがちょっといつもと違う雰囲気。 なんで鍵盤ふたりいるんだと不思議だった皆川さん&桑原さんだが、この日の皆川氏はあまり「弾く」という動作がなく、マニピュレーターに徹してPCや機器のツマミをいじったり、時には何かを叩いていたり。 現在も烏龍舎所属の皆川氏が藤巻さんとこうしてつながりを保つのは、ソロアーティスト藤巻亮太の活動範囲にとって重要なことである。ナンダカンダ言っても、ap系とのつながりは、ないよりあったほうがいい。 また、いつになるやらではあるけれど、レミオロメンの活動再開にとっても、欠かせぬファクターだ。 ただ藤巻さんが来年やると言ってくれたツアーは、河野さんと設楽さんがいるいつもの姿がいいな。 フルバンドならばもちろん御供さんとよっちも。 29)スタンドバイミー やはりコレを持ってきました。 3万人が山梨に集結した、伝説の滑走路。 映像でしか知らない、あの画が、否が応にもアタマに浮かぶ。 この日集まったファンは、滑走路よりはだいぶ少ないけど、おそらくはずーっと長い間、彼を見続けてきた人たちである。新規ファンの参入もそれなりにはあるけれど、比率でいえばやっぱ少ないはずだし。私もまだまだ新参者の部類。 私のスタンドバイミー初体験は、2015年の神戸・甲南女子大ライブ。 そのときの演奏はいささか残念だったから、真髄を知ったのはその翌年、日日是ツアーvol.3の名古屋クアトロになる。 あれ、藤巻ソロ史上最強でした。 何かきらびやか過ぎて、そんなにイイ印象を持っていなかったこの曲への見方が根本から覆される体験。 単純に、ガツンと持っていく破壊力がある。その場にいる人を熱狂の渦に巻き込む、音楽としてのチカラがある。 ♪枕木 昼下がりの線路 「ひとーりーじめ!」 with手振り 最初は、このお約束を全然知らなくて、おおそうなんだ!俺まだまだレミオ新人?と思ったものだが、これひょっとするとソロになってからの新たなお約束?という疑惑も出てきた。 実は、レミオ超全盛期のライブをリアルで体験してる人って、私の周りにはそんなにいない。 その、数少ない方の情報では、あんなの昔はやってなかった、と。 ただ、ソロでのスタンドバイミーは2015年の学園祭ツアーが初で、私はそのひとつに参戦している。そこで、すでにお約束は存在していた。 てことは、レミオ中後期、Zeppツアーか花鳥風月ツアーあたりからのこと? でもZeppや花鳥風月は私が知る方々のほとんどが参戦していて、その人たちも割と最近に知った風情。 謎は深まる…。地域限定で行われていたのがソロ後に広まったとか…? 30)Summer Swing 今日は本当にありがとう! 最後に、Mt.FUJIMAKIのテーマソングを。 これ、いい曲なんですよね。 ツールド東北のテーマソングであるLIFEなんかに比べると無難にまとめてきた感じはあるけれど、自分が主体となって企画したイベントだから、歌詞の練り込み感はなかなかのもの。日本語が美しい。タイトルは英語だけど。 それにしても藤巻さん、クラゲが好きですね(笑) バンドメンバーを手招きして集め、一列横隊の数珠つなぎ一礼。 メンバーはもちろんこのあとの展開を百も承知だけれど、マウントフジマキ本編エンディングで黙って礼したのち手を振って去るってのは確かにちょっとナイ気がするから、ここは藤巻さん、好判断だ。 手招きしたぐらいだから、本編ラスト段階での並んでお手手つないで一礼は、当初の予定にはなかったのだろう。 もちろん鳴り響きます。 アチェレランドとゆっくりスタートを繰り返す、アンコール手拍子。 やる曲は、100%確定。 明日も太陽が東から昇るのと同じ確率で、アレですね。 出演者一同が勢揃いするのも、明日太陽が西に沈むのと同じぐらいの鉄板。 ただ、そのパターン、2015年赤坂BLITZのグリーンリボンでもあったけど、イマイチ盛り上がらないんだよなぁ…あの曲でソレやるのって…。 だけど みんなが次々にステージに現れる。 最後まで見守ってくれたんだ。 それだけでも泣ける。 思えばこの日、いったい何回泣いただろう。 特に最後の藤巻さんの8曲では、1曲あたり1回は泣いた。曲の中身とか歌とか関係なく、こみ上げてくる。 時間が短く、出演者も少ないとはいえ、藤巻さんのフェスを、全員で、エンディングまで…。 いや 1人いない。 唯一の、非アーティスト。 「健さんもう山に登っちゃったよ!」 浜ちゃんカンフージェネレーションさんが笑いを取る。 ほどなくして、ちょっと恥ずかしそうに駆けつけてきた。 「もう下山してきたよ!」 ハマカンさんがさらにかぶせる。 今日のアーティストは、浜崎さんみたいな若干押し気味のウケねらいをする人があまりいないから、こういうガヤな場で盛り上げてくれるのはありがたいですね。 それにしても野口さん、アーティストからも「健さん」て呼ばれる関係をちゃんと作れてたんだね。 ああいうキャラの人でも、このマウントフジマキにおいて「俺ひとり場違い?」感は一応持っていたと思う。受け入れられててよかった。 というか、いないことに気付いてもらえてよかった(笑) アンコール)3月9日 もはや歌ってくれた順番もよく覚えてないけど、たしか向かって右から順に、だったと思う。 和田さん→浜崎さん→山内さん→アジカンさん→宮沢さん?本番の出演順通り? 正確には、UTYもしくはスペシャの映像(が欲しい!)か、DVD(出して欲しい!)を確認しましょう。 藤巻さんはエレキで伴奏。 もしかしたらこの目で見るのは初めてだ。39でのエレキ。過去の映像ではずいぶん見たけど。 感極まった表情。今にも泣きそうに見える。 自らの手になる名曲を、一流アーティストたちが歌いつないでいる。ふるさと山梨で。 ミュージシャン冥利に尽きるひとときだったでしょうね…。本当によかった。 書きながらでも号泣モノです。この日のすべてが。 出演者とバンドメンバー全員が一列に並び、あらためての手つなぎ一礼。 そして、藤巻亮太とステキな仲間たちの後ろに私たちが入るアングルで、写真撮影。 「みんな集まって!スカスカのフェスの写真じゃカッコつかないよ!」 誰かは忘れたが(和田さん?)若干余計なことを言われながらみんなギュッと集まる。 あれでスカスカって言うなら、大阪のRocks ForChillなんてサハラ砂漠だ(笑) 最初、「はい、チーズ!」とも何とも言わずにいきなり撮られたから、もう一度仕切り直し。 合図の言葉は「マウントフジマキ〜」 UTYの特番でも見た最高の撮影ワードを、みんなで体験できた。 ああ… もう何もかもがうれしすぎる。 藤巻亮太さん 出演アーティストの皆さん 藤巻バンドの皆さん 準備に奔走してくれたフットサル仲間の皆さん 裏方の皆さん 本当に、ありがとうございました。 本当に本当に本当に、最高の1日でした。 終演予定時刻はとうに過ぎ、完全に日が落ちて風が冷たさを帯びてきたけれど、まだ多くの人が名残り惜しそうに喋ったり写真を撮ったりしている。 用意していた帰りのバスチケットは、もはや紙くず。とてもじゃないが、急いでバス始発地点まで向かう気になどなれない。 私が予約していたのは、徒歩15分の山中湖平野ではなく、バスターミナルの旭日丘でもなく、どうやって行けばいいんだとアタマを抱えたくなるようなホテルマウント富士から発車するバス。それでも定時に終われば何とかそこまで行けるかもと思ってたけれど、すでに18時近い。バスの発車は18:30。 数千人が帰路につくフェス終わりで、タクシーなどつかまえられるはずもない。 実はこの日、事前に仲間から打ち上げのお誘いをいただいていたのだが、それに対して私は「帰りは風の向くまま」などと身勝手極まりない返答をしていた。 そんなクソオヤジのワガママにすら配慮して、人数の幅を持たせた予約を取ってくれていたご好意に甘えさせていただき、打ち上げの店へと向かう。 何度も飲み食いの席を共にして、亮太談義に花を咲かせてきた仲間だが、私以外は全員2泊。この大事すぎるイベントに当日日帰りなどという不届者は私だけである。 酒が進むとともに帰宅予定時刻が延び、もう今夜中に帰れればいい!なんなら富士山駅までタクシーだ!と甲州ワインをがぶ飲み。地元特産の馬刺しや豚串に舌鼓を打つ。 店から呼んでもらったタクシーが到着し、今夜も山中湖泊まりの皆さんを残して席を辞した時は、すでに20時近かった。 富士山駅から富士急-JRで帰るつもりだったが、御殿場という選択肢もあることを運転手さんから告げられる。 調べてみると、三島から新幹線を使えば富士急経由よりも早く帰れることがわかり、行先を御殿場に切り替え。 8500円は痛かったけれど、きららでのイベントのことはもちろん熟知していて「藤巻さんにはぜひ毎年やってほしい」という嬉しい言葉を聞かせてくれたシングルマザーの運転手さんとずっと喋り続けた1時間弱の山越えも、また楽しいひとときだった。 今年このあとは、久留米のフェス、別冊カドカワの昭和音大、神戸オリエンタルホテルのお食事&ライブ、浜松での高校ブラバンとのコラボなど、いろんな形態でのライブ予定があって、どれも興味をそそられる。 が、私は行けない。 10/7は、他の記事でも触れた多忙の中、その日だけ何とか捻出した1日フリーの日であり、11月に入ってもしばらく状況は変わらない。 ったく何の因果か。 日頃の行いですね…。 でも来年はツアーやる!と約束してくれている。ニューアルバムのツアーになるのかな。 ことし、Summer Swing以外の新音源って出てない気がするから、ひと山越えたこれからは音楽そのものにシフトしてほしいですね。 焦らず、藤巻さんらしく、この先もよろしくお願いします。 本当に、おつかれさまでした。
by hato0929
| 2018-10-13 20:50
| レミオロメン
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Comments(4)
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sai
at 2018-10-16 13:26
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感想お待ちしておりました。
本当に素晴らしいフェスでした。こんなに満たされたLive、フェスは初めてです。片道4時間なんて全く気になりません。レミオロメンの、藤巻亮太のファンで良かった...と心から思えました。 1発目の粉雪は感動モノでした。粉雪のイントロが流れると、どんな会場でも場の空気が変わるのを感じます。 共演ミュージシャンも素晴らしい方ばかり。予習した甲斐がありました。印象的だったのは、「もっと遠くへ」の際、皆川さんが感慨深そうに藤巻亮太の後ろ姿を見ていたことです。 あと、迷子のお知らせは笑いました。オーガナイザーがお知らせする、そんなことフェスではないですよね。大爆笑と盛大な拍手、本当に温かいフェスでした。 スペシャで放送されないかな、、、と思っていますが、小さいカメラしかいなかったので、ほぼ期待できません。それが非常に残念です。映像に残して欲しかったです。
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hato0929 at 2018-10-17 00:29
saiさんありがとうございます。
今までのどのライブとも、どのフェスとも違う、すばらしいものでしたね。返信打っててもまだ泣けます。 ほかのアーティストさんを巻き込んで、地域をも巻き込んで、藤巻亮太の藤巻亮太による藤巻亮太のためのフェス。そんな場所に居合わせられるなんて…。 2006年夏の滑走路に居ることができなかったことをずっと悔しがってきた7年間でしたが、それを補って余りあるものでした。今回集結した数千人は、12年前の3万人に決して負けてないはずです。 ステージや会場を撮影する飛行船もドローンもたしかにいませんでしけど、クレーンカメラはたまに見えたような気がしないでもない…いや錯覚か(笑) でも、藤巻ソロのコンテンツとしては絶対に貴重な映像です。イヤらしい話ですが、おカネも生む。 単独のDVDだとしてもソロベストアルバム限定盤特典DVDだとしても、ある程度のソロバンははじけるはず。それをみすみす逃すような経営感覚なら、独立事業主としての先行きは暗いと思いますね。 どっかでちゃんと撮ってたと信じたいです。 しっかり確認できたのは、フードエリアに固定された無人カメラだけでしたが…。
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sai
at 2018-10-20 16:33
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昨日のミュージックステーションで、山梨県に元気をくれたミュージシャンとして藤巻亮太が紹介されていました。その映像が、マウントフジマキの粉雪!映像を残してくれていてホッとしました.....こんなことでコメントしてしまって申し訳ないです。次回の更新を楽しみにしています。
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hato0929 at 2018-10-24 12:27
saiさんこんにちは。
Mステの映像はツイッターの添付画像とyoutubeで見ました。粉雪は現地で歌ってる姿を観られなかったからうれしいです。 TBS系のUTYがバックアップしていたイベントなのに、テレ朝のMステが映像を流したんですね。山梨にはテレ朝系の局がないから、クロスネットでUTYでも一部テレ朝の番組を流してはいますが、Mステはそこに入っていないのに。 まあ冷静に見てみると、地上波TVメディアと音楽専門のCS局が主催・後援してるイベントでライブの映像を残さないというのは考えにくいですよね。 apみたいに巨大な鉄塔がそそり立ってカメラマンが空中に何人もいるようなのとは違ったから、あまり撮影されてる感がありませんでしたけど、常設ステージがあるイベント会場だから撮影の定点はきっと何ヶ所かにあったのでしょう。 本文で書いた通り、年内に行われる彼のライブは行けそうもなく、11月の渋谷リベンジも仕事の関係でムリなので次がいつになるかは不明なんですけど、気持ちとしてはできるだけ早く、と思ってます。
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